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トピックス by村本邦子

2008.05.19
2008年5月 今、親に聞いておくべきこと

 今年の年報は、「世代を越えて受け継ぐもの」をテーマにしているので、研究の前段階として、それぞれ親にインタビューを行い、自分のルーツを確認する作業をしている。一度で終わらないので、電話をしたり、実家に帰ったりして、何度も繰り返しインタビューしている人もいる。私自身もまだ途中だ。

 この話を日記に書いたところで、『今、親に聞いておくべきこと』というタイトルの本が出版されていることを教えてもらい、早速、注文した。上野千鶴子監修で序文を書いているが、実際には、田島安江さん、藤原ゆきえさんという2人のライターの思いから出来上がった本のようだ。2人は身内の死をきっかけに、「今、親が亡くなってしまったら、永遠にわからないことがあるだろう。私は親のことをどれだけ知っているだろうか」と聞くべきことが次々に浮かんできて、聞き書きによって子どもが1冊の本を作り上げるという形を思いついたのだという。

 章ごとにテーマがあって、聞いたことを書けるように白紙の部分が挟み込んである。1章は「今、聞かなければ間に合わない」、2章「親の生い立ちを知る」、3章「戦争と平和を語り継ぐ」、4章「親を通して自分を知る」、5章「親の現在を知る」、6章「聞きにくくても聞いておく」、7章「聞きたくても聞かない方が良いこと」、8章「今のうちに親と和解しておきたいこと」、終章「親のためにできること」で、うまく構成されているなと思う。

 かねがね、親にインタビューをするというのは良いアイディアかもしれないと考えてきた。これまでも、(家族問題を扱っている)大学院のゼミで、自分自身の家族問題から研究テーマを設定している学生たちには、まず、自分の親にインタビューするという提案をしてきた。日本の文化には、「語らず察する」という美学があるため、大切なことを言葉にして伝え合わない傾向があるが、インタビューという形式をとることで、互いに一定の距離を得て、あらたまって語り、聴くという関係が成立する。親へのインタビューを通じて、しばしば、親子関係の修復が始まるということが起こった。昨年、学部の授業でも、祖父母世代に対してだったが、インタビューの宿題を出してみたが、あちこちで面白いことが起こった。

 もちろん、無責任に聞けばよいというものでもない。聴かせて頂くからには、きちんと向き合って、受けとめるという覚悟が必要だし、そもそも、インタビューが成立するためには、インタビューを受けてみようという語り手の決意が前提である。親世代が心を開けないこともあるだろう。7章の「聞きたくても聞かない方が良いこと」の章は、「誰にでも墓まで持っていきたいことがある」の節からのみ成っているが、他者の心の扉を力づくでこじ開けようとしたり、土足で入り込むようなことはできない。それでも、ちゃんとした聴き手と機会を得たら、外に出たがっている記憶というものは、想像以上にたくさんあるのではないかという気がする。

もうひとつ、条件が必要かもしれないとも思う。インタビューというからには、聴いて終わりではなく、聴いたことを何かにつなげていくという、何がしかの目的があるはずだ。語る/聴くという二者関係を越えて拡がっていく回路が必要なのではないか。そういう意味では、この本を個人で使うのは難しく、共有できるグループがあった方がよいのかもしれない。つくづく、人間とは、歴史的存在であり、社会的存在なのだと思う。過去を無視した現在を生きようとすれば、浮き草であるしかない。これは、真空に浮かぶ「心」という現代にありがちなモデルに近い。根を張るためには、土壌を知ることが必要だ。個の歴史も、家族の歴史も、国の歴史も、そして、世界の歴史も互いに関係しあっている。縦のつながりと横のつながりを得て、はじめて安定した足場も持てるだろう。サイコロジストとしての自戒もこめつつ。

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