1. ホーム
  2. FLCスタッフエッセイ
  3. DV
  4. ドメスティック・バイオレンス(DV)家庭で育った子どものトラウマと回復

FLCスタッフエッセイ

2015.12.27 DV
ドメスティック・バイオレンス(DV)家庭で育った子どものトラウマと回復

                                          西 順子

この十数年、筆者は「女性のトラウマと回復」をテーマに臨床に携わってきましたが、女性のメンタルヘルスの問題や生きづらさの根っこに、子ども時代のトラウマが影響していることも少なからずあることを見てきました。

その一つにDV家庭に育ち、暴力を目撃しているトラウマがあります。DV目撃に加えて、子ども自身が直接的に暴力を受けていることもあります。

子どもにとって家庭は、本来、安全で安心できる場所であることが求められますが、DVがあれば家庭が「安全の基地」ではなくなってしまいます。
今回は、DVがもたらす子どもへの影響と回復について、まとめたいと思います。


 DVと子ども虐待

DVにさらされている子どもは、DV現場を目撃する可能性は極めて高く、子どもは親が思っているよりも暴力の存在に気づいていると言われます。その場で直接目撃している場合もあれば、隣の部屋であるいは階下から聞こえる叫び声、相手を侮辱する声、物が壊れる音を、身を固くて緊張しながらじっと聞いています。

内閣府の調査(2014)によりますと、配偶者から暴力を受けたことがある被害者のなかで、子どもがいる人は87%で、子どもへの直接的な被害経験があった人は27.3%となっています。

シェルター入所中の被害母子への調査(2006)によりますと、子どもの暴力目撃率は100%で、各暴力の目撃率は身体的暴力97%、心理的暴力88%、性的暴力20%となりました。子どもの年齢は4~12歳です。

また同調査では、67%の子どもがDV加害者から身体的暴力を受けていました。男子71.9%、女子63.3%で、「殴られたり蹴られたり」「怪我をするかもしれないような物を投げつけられたり」「服を脱がされ、長時間外に放置される」などの直接的な暴力を受けていました。
 
暴力時に子どものとった行動は、母親をかばうために父親に向かって抵抗する、黙ってじっとしている、無視するなどでした。

改正・DV防止法では、DV目撃も子どもへの心理的虐待として位置づけられました。更にDVにさらされる子どもは、直接的に身体的・性的・心理的虐待を受ける大きなリスクもあります。

DV家庭に子どもがいれば、子どもへの虐待として認識し、被害者の安全を考えると同時に、子どもの安全を考える必要があります。


 DVの子どもへの影響

子どもは発達の途上にいます。子どもへの影響は、行動面・情緒面・発達面から身体面まで多岐に渡ります。

海外の研究(バンクロフト、2004)によりますと、DVにさらされる子どもは他の子どもと比べて、仲間に対して攻撃的な行動をとりやすく、一般的に問題行動が多いと言われ、特に男子の場合は顕著です。また、他の子に比べて、友だちと過ごす時間が短い、友だちの身の安全をよく心配する、親友がいないことが多い、友人関係に問題があるなどの特徴が指摘されています。

こうした影響は内面化され、長期的な結果をもたらす場合もあります。例えば、「自分のせいで父親が母親に暴力をふるった」と思い込んで罪悪感を覚えたり、「母親が殴られる原因を再び作ってしまうのではないか」と不安になる子どももいます。子どもの食事、睡眠が暴力のせいで乱されることもあります。

また母親に対する心理的虐待の程度や性質は、子どもの苦痛の度合いを大きく左右する要因であり、子どもの社会的行動や適応面の問題に影響を与えます。母親に対する言葉の暴力がひどいほど、男子が成長したときに暴力を振るう比率は高くなると報告されています。
 
わが国の調査(2006)でも、DV被害男女児ともに、一般対象群よりも「攻撃性」と「不安・抑うつ」において有意に高いと報告されています。攻撃的行動などの問題行動は、DVによる抑うつ症状によるものと考えられると結論づけられています。

DV被害児童は、家庭のなかで起こる慢性的な暴力に対して、自分には何もできない、母親を守ることが出来ないと自分で自分を責めてしまう自責感が強く、あきらめて誰にも相談できないことで、どうすることもできない無力感につながると考えられています。

このように暴力にさらされる子どもは、暴力のない家庭で育つ子どもとは著しく異なる情緒的環境で成長することになるのです。


 DVが家族に及ぼす影響

DVという暴力は、被害者と子どもに深刻な影響を与えます。そして、家族内の人間関係にも影響を及ぼします。

DVは母親の権威をおとしめます。暴力行為を目撃することは、子どもにとって行動面・態度面でのモデルとなり、子どもが周囲から受け取る建設的メッセージよりも強い影響力をもつと言われます。

DVの影響として、子どもが母親を否定的に、侮蔑的に見るようになったり、母親と子どもとの間に距離感や緊張が見られたりします。
母親にとって育児ストレスも大きく、育児ストレスの大きさから身体的暴力を振るう可能性も高くなります。その結果、母子関係が悪化してしまいます。
また暴力がない家庭より、きょうだい間の暴力も多く見られます。暴力により、家族関係が分裂してしまうのです。  

DVにさらされた子どもにみられる症状は、このような家族機能の崩壊に起因するとみられるものも多くあります。

したがって、子どもを支援しようとする専門家に求められるのは、子どもの長期的な回復と福祉のために、DVを目撃したことの情緒的トラウマからの回復を支援するとともに、母親やきょうだいの絆を修復し強化できるように手を貸すことです。


 子どもの回復のための環境づくり

こうした状況にある子どもの予後は、子ども自身のトラウマから立ち直る能力(レジリエンス)と、情緒的回復を促進する環境の有無にかかっています。
ここでは、子どもが回復する環境に必要な要素を紹介したいと思います。
 ※レジリエンスについては、こちらをご参照ください。⇒「レジリエンス~苦境とサバイバル」

身体的および情緒的な安心感が得られる環境

トラウマからの情緒的回復には、何よりも安全な環境で、安心感を得られるようにすることが必要です。とりわけ、恐怖や危険を体験した子どもにとっては極めて重要です。

適切な枠組み、制限、予測のつく環境

DVにさらされるなかでは、子どもは「いつ何が起きるかわからない」という不安を抱いています。したがって離婚や別居後に子どもの情緒的回復を促進するためには、生活に適切な枠組みや制限を加えて、予測のつく環境を整えることが重要です。
規則正しい生活リズム、行事、習慣など、子どもが、毎日の生活が変わらず訪れるという安心感や未来への楽しみ、希望をもつことができるようにすることが大切です。

暴力を振るわない親との絆

愛情をもって子育てをしようとする親との絆は、子どもが両親の対立や親の影響を克服し、元気に生活できるかどうかについて、有力な手がかりとなります。

DVにさらされた後の母子間の絆を強く健全なものとするためには、今は母親が守ってくれると子どもが感じられること、子どもが母親への尊敬を取り戻すこと、周囲の社会環境が自分と母親との密接な結びつきを支援してくれていると子どもが感じられること・・などが必要です。そのため支援者には、母親の子育てを心から支援することが求められます。

大人に対する心配からの解放

DVにさらされる子どもは、自分が母親や父親、きょうだいを自分で守らなければならないという責任感を抱えていることがあります。この負担から子どもを解放するには、大人の生活や問題についてどの程度まで子どもに話すのかを配慮することが必要です。
裁判所や児童保護機関は、母親の回復を促進することに十分配慮し、子どもの心の負担を軽くするよう努めることが求められます。

DVにさらされた子どもへの影響について理解されるよう、母子が安全に安心して暮らしていける環境が整えられるよう、そして非暴力の教育プログラムが行き届くよう、コミュニティにおけるDV被害者支援の充実を願っています。




 女性ライフサイクル研究所による取り組み

なお、女性ライフサイクル研究所では、DVトラウマへの臨床的援助からコミュニティ支援まで取り組んでいます。できることは限られていますが、できるところからできることに取り組みたいと思っています。関心のある方にご利用いただければ嬉しく思います。


親子の絆を強めるために~CAREプログラム&PCIT

カウンセリングでは、DV別居後に、子どもの問題行動ついて母親からのご相談を受けることがあります。別居直後もあれば生活が落ち着いてきた頃もありますが、特に、子どもがきょうだいや母親に暴言を吐いたりして対応に困る、どう関わったらいいかというご相談がよくあります。

子どもの暴言や暴力など、困った行動に対応するには、その場での対処だけでなく、日常の中での中での関係作りが大切です。

そのようなご相談の場合、母子平行面接で子どもと一緒にカウンセリングにお越しいただくこともあれば、親御さんへコンサルテーションとして助言させていただくこともあります。

昨年からは、子どもとの「絆」を強めることを目的に、CARE心理教育プログラムも導入しています。カウンセリングのなかで、CAREを提供させて頂くこともあれば、ワークショップとしてグループで提供させて頂いています。
※詳しくはこちらをご覧ください。⇒「CARE保護者向けワークショップのご案内

CAREでは、前半と後半で二つのテーマがあり、前半では、子どもとの「絆」を強めるためのコミュニケーションのコツを学び、後半では、一貫性をもった効果的な指示の出し方について学びます。後半の「しつけ」の部分がうまくいくためには、まず前半部分の「絆づくり」が大切になってきます。
 
次年度からは、就学前の子どもと保護者を対象としてPCIT(親子相互交流療法)を提供できればと準備中です。幼い子どもをもつ親御さんに役立てていただけるよう、取り組んでいきたいと思います。

 DVの長期的影響へのトラウマ・ケア

DV・虐待トラウマの長期的影響には、複雑性PTSD、うつ、パニックや強迫など不安障害、解離性障害、対人恐怖などメンタルヘルスの問題から、行動上の問題もあります。デートDVの被害者や加害者になるなど、親密な関係に影響を与えることもあります。

また、DV・虐待による未解決のトラウマがトラウマをよぶ「トラウマの複合」という現象が起こることもあります。例えば、日常的にDVにさらされる生活のなかで子どもは自分の感情を抑圧し、心理的に孤立してしまうことで、家庭内外で他のトラウマ的出来事に遭遇した時(性暴力被害、いじめ被害など)に親に話して助けを求めることが困難になります。そのため被害が長期化したり、適切なケアが受けられずにトラウマが放置されてしまいます。

このようなトラウマの長期的影響に対しては、心理療法として、回復のお手伝いをさせていただければと取り組んでいます。


 安全で安心できるコミュニティづくりとして

DVトラウマの予防啓発活動として、DV研修や一般向け講座を企画・実施しています。今年度は支援者向け「心的外傷と回復」を読む読書会を月一回開催しています。また、講師派遣として各地域に出向かせて頂いています。
 

必要な人に必要な情報を届けると同時に、支援者同士のネットワーク作りも大切にしていきたいと思っています。

[主な参考文献]
内閣府(2014)「配偶者からの暴力に関する調査」
石井朝子他(2006)「家庭内暴力被害者の自立と支援に関する研究」平成18年度厚生労働科学研究報告書
バンクロフト/シルバーマン(2004)『DVにさらされる子どもたち~加害者としての親が家族機能に及ぼす影響」金剛出版。

[関連記事]
2015年11月「DVを受けている女性を支える~なぜ逃げられないかを理解する
2015年07月「DV被害女性を支える~家族、友人、知人として
2006年11月「想像力とレジリエンス
2006年11月「レジリエンス~苦境とサバイバル」 

<前の記事へ    一覧に戻る

© FLC,. All Rights Reserved.